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大津地方裁判所 昭和52年(ワ)149号 判決 1984年3月30日

原告

辻本晴孝

右訴訟代理人

吉原稔

野村裕

篠田健一

被告

株式会社滋賀相互銀行

右代表者

窪田常信

右訴訟代理人

田邊照雄

知原信行

主文

一  被告が原告に対し昭和五二年七月一日付でなした野洲支店副係長(渉外担当)を命ずるとの命令が無効であることの確認を求める訴えを却下する。

二  被告は原告に対し、五万円およびこれに対する昭和五二年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事案

第一 当事者の求める裁判

一 請求の趣旨

1 被告が原告に対し昭和五二年七月一日付でなした野洲支店副係長(渉外担当)を命ずるとの命令が無効であることを確認する。

2 被告は原告に対し、三〇万円およびこれに対する昭和五二年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 第2項につき仮執行の宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行免脱の宣言

第二 当事者の主張

(原告)

一 請求原因

1 原告は、昭和三八年四月相互銀行である被告(従業員数約一〇〇〇名)の従業員として雇用され、伏見支店、彦根支店、(昭和四〇年一〇月から)、醒ケ井支店(昭和四一年一二月から)、愛知川支店(昭和四五年四月から)、八幡駅前支店(昭和五〇年八月から)、野洲支店(昭和五一年七月から)でそれぞれ勤務し、その間、昭和四八年一月一日付で愛知川支店副係長(渉外担当)に、昭和五〇年八月八日付で八幡駅前支店渉外係長に、昭和五一年七月一日付で野洲支店貸付係長にそれぞれ命ぜられたが、昭和五二年七月一日付の業務命令(以下本件降職命令という)により同支店副係長(渉外担当)に降職された。

2 しかしながら、本件降職命令は、次に述べるように、労働組合の組合員である原告が正当な組合活動を行つたがゆえになされた不利益処分であるから、労働組合法(以下労組法という)七条一号。民法九〇条により無効である。

(一) 昭和三六年一月二六日被告の従業員によつて滋賀相互銀行従業員組合(以下従組という)が結成されたが、昭和三九年五月には滋賀相互銀行職員組合(以下職組という)が結成され、従組から脱退して職組に加入する者が相次ぎ、現在従組員ら七名に減少している。原告は、昭和三八年七月一日従組に加入し、昭和三九年九月に一旦従組を脱退して中立となつたが、昭和五一年六月一九日従組に再加入し、同年一〇月二〇日従組の執行委員に選出された。

(二) 被告は、右のような職組の成立および拡張を全面的に支援する一方、従組に対し数数の不当労働行為を行つて弾圧を加えるとともに、従業員に対しては労働強化策を推し進め、利潤確保への道を進んだ。特に、昭和四八年、九年以降「ソフトボール得点競争」と称する支店対抗の預金獲得競争を実施し、時間外手当の不払いのもとに、長時間の残業、早朝出勤および「隣人活動」と称する公園等の清掃作業を強要したり、指定休日および有給休暇を取らせないなど労働基準法(以下労基法という)違反を常態的に行い、そのため、従業員の労働条件は極めて劣悪であつた。このような状況のもとで、職組が典型的な御用組合であつて従業員の不満や要求をくみ上げる姿勢を持たなかつたのに対し、従組は、右のような労基法違反の事実をなくす闘いを進め、被告に対し労働条件の改善を要求するとともに、労基法違反の実態を知らせるビラや組合ニュースを配布して宣伝活動を行つたり、労働基準局や労働基準監督署に対し労基法違反の事実を申告するという活動を行つてきた。原告も、従組再加入後、この闘いに参加し、積極的に行動してきた。

(三) 右のような経過から、被告は、従組員を嫌悪していたところ、昭和五二年七月一日付の人事異動において、従組員に対する嫌悪の情によることはもちろん、さらには従組員を次長会議、係長会議という被告の中枢的機構から排除する目的をもつて、原告に対し本件降職命令を行つたほか、他の従組員に対しても次のような嫌がらせ的左遷人事を行つた。

(1) 長谷川富佐子は、伏見支店に勤務していたが、健康上および子供の保育上問題があるにもかかわらず、通勤時間の長くなる大阪北支店への転勤を命じられた。

(2) 長谷川吉男(従組書記長)は、西陣支店店長代理兼貸付係長だつたが、係長兼務を外されて渉外担当の店長代理を命じられた。そのため、貸付係長会議に出席できなくなつた。

(3) 米村精二(従組執行委員長)は、堅田支店副長兼貸付係長だつたが、係長兼務を外されて事務担当の副長を命じられた。そのため、貸付係長会議に出席できなくなつた。

(4) 國松清太郎(従組副委員長)は、八幡支店次長だつたが、被告において初めて採用された二人次長制により守山支店の事務担当の次長を命じられ、次長会議に出席する資格を外された。

(5) 浦谷佳朋は皇子山支店に勤務しているところ、被告は、同人より三歳下で入行も約八年遅い同支店勤務の行員を係長に命じながら、浦谷を四年間も副係長のままで据え置いている。

(6) 野添喜美子は粟東支店で預金係を担当しているところ、被告は、同人に対し雑用的職務を担当させたり、他の行員が多忙であるのに同人には仕事をあまり与えないなど労働意欲を阻害するようないわゆる「干しあげ」を行つている。

3 また、本件降職命令は、従組員である原告を信条等により他の従業員と差別して降職したものであるとともに、原告が労基法違反の事実を監督機関に申告したことを理由とする不利益取扱いであるから、労基法三条、一〇四条に違反する無効な行為である。

4 以上のとおり本件降職命令は故意(少なくとも過失)に基づく違法な行為であるところ、本件降職命令により、原告は、職場において、他の行員からの呼び名が「係長」から「辻本さん」へ変化し、机の配置が変えられ、椅子も肘掛けのないものにされ、顧客からも、「何か悪いことをしたのではないか」などと名誉毀損的な言動を受け、また、家族からも非難を受けるなど精神的に著しい苦痛を受けたばかりか、組合活動を行つたが故の差別ということで計り知れない精神的苦痛を受けた。この精神的苦痛を慰藉するものとしては三〇万円を下らない額が相当である。

5 よつて、原告は、本件降職命令が無効であることの確認を求めるとともに、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、三〇万円およびこれに対する本件降職命令を発した日の翌日である昭和五二年七月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 被告の主張に対する認否および反論

(本案前の主張について)

原告が昭和五六年六月二六日付で愛知川支店店長代理(渉外担当)を命じられ、現在同支店において店長代理として渉外の職務を遂行していることは認める。しかしながら、店長代理といつても、原告は平行員と同じ仕事に従事しているうえ、係長の指揮下に入つてその指示命令を受けることになつているのであるから、本件降職命令によつて原告にもたらされた不利益性は解消していない。

(本案の主張について)

1 本案の主張の冒頭部分は否認する。

2 同1のうち、原告が昭和五一年一二月一六日、同月二七日、昭和五二年三月一七日、同年五月二三日、同月二五日、同年六月七日、同月二五日にそれぞれ休暇を取得したことは認めるが、原告が事務引継ぎを行わなかつたことは否認する。

3 同2の事実は否認する。

4 同3で被告が指揮する事務上のミスは、事実無根のもの、原告のミスとはいえないもの、野洲支店貸付係の人員不足に起因するもの、他の支店でも発生しているものとからなつており、これらの事務上のミスをもつて原告に貸付係長としての不適格事由があるということはできない。

(被告)

一 本案前の主張

原告は、昭和五六年六月二六日付で愛知川支店店長代理(渉外担当)を命じられ、現在、同支店において店長代理として渉外の職務を遂行しているところ、店長代理の職位は係長、副係長より上位であるから、本件降職命令の無効確認を求める訴えは訴えの利益を欠くに至つた。

二 請求原因に対する認否および反論

1 請求原因1の事実は認める。

2(1) 同2の冒頭部分は否認する。原告の職位は下がつたものの、待遇面においては、係長時代と同額の管理職手当を支給しており、何ら不利益を与えておらず、また、昇給、賞与については、資格が同一であれば、その職務遂行度合いに応じて査定するものであつて、係長、副係長による差異は生じないところ、原告は従前どおり事務職四級のままであるから本件降職命令によつて何ら不利益を受けていない。

(2) 同2の(一)の事実は認める。

(3) 同2の(二)のうち、被告が「ソフトボール得点競争」を実施したこと、従組員が労働条件の改善を求めて組合活動を行つてきたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(4) 同2の(三)の冒頭部分は否認する。次長会議、係長会議は、次長、係長による事務的な協議、打合せが中心となるものであつて、銀行業務の中枢的機構ではない。

(5) 同2の(三)の(1)のうち、伏見支店勤務の長谷川富佐子を大阪北支店へ転勤を命じたことは認めるが、その余の事実は不知。同(2)ないし(5)の各事実は、いずれも認める。同(6)の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 同4のうち、呼び名、机の位置および使用する椅子が変わつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三 本案の主張

被告は、次に述べるような原告の貸付係長としての勤務状況に基づき、原告が係長としては不適格であると判断し、従前の原告の経歴から比較的適性を有すると認められる副係長(渉外担当)に職務を変更したものである。

1 支店の業務は渉外、貸付、預金に大別され、その各各において責任者として係長を置いており、係長は支店長、次長に次ぐ地位にあつてその職務は重要である。したがつて、係長が休暇を取得する場合の引継ぎは、支店業務を行ううえで極めて重要なことであり、それが充分でないときは支店業務に支障を来すばかりか、係長としての信頼性が著しく失われる。ところが、原告は、一年間の貸付係長在任中、昭和五一年一二月一六日、同月二七日、昭和五二年三月一七日、同年五月二三日、同月二五日、同年六月七日、同月二五日の七回もの多きにわたつて、所定の事務引継ぎを行わず、急に休暇を取得している。

2 原告は、一年間の貸付係長在任中、次のとおり、三回にわたつて貸付手続を怠り、顧客に迷惑をかけ、被告の信用を失わせた。

(一) 原告は、昭和五二年二月五日、被告がメインバンク的な立場で取引してきた協同建設株式会社(以下協同建設という)から、同月一五日に貸付を実行してほしい旨の申入れを受けながら、貸付を行ううえで必要な本店への貸出金認可申請書の作成、提出を怠つたため、同社の希望日に貸出が行えなかつた。

(二) 原告は、同年二月初め、被告の有力取引先からの紹介によりその従業員久田英世(以下久田という)から借入希望を聞きながら、同年五月まで手続を放置していた。

(三) 原告は、同年五月二五日顧客の橋登喜雄(以下橋もいう)に貸付金の残額を交付する約束になつていたのに、本店への申請手続を怠つていたうえ、引継ぎなしで休暇を取得したため、貸付金の交付ができなかつた。

3 原告は、貸付係長在任中、次のように、多数の事務上のミスをおかしている。

① 貸付申込用紙の取違え。

② 固定資産評価証明、建築確認書、担保物件登記簿謄本、建築費用見積書等のもらい忘れ。

③ 印鑑証明、住民票、火災保険質権設定承認書、取引約定書、諸費用(確定日付料、印紙代)のもらい忘れ。

④ 利息、日数計算の相違。

⑤ 公正証書作成手続、確定日付を受けること、借用証書内容補充、ローン保証保険手続、火災保険内容変更手続、追加担保念書内容補充、約定書整理、一件書類整理等の懈怠。

⑥ 手形貸付における手形現物と帳簿との不符合。

⑦ 代理貸付返済額の記帳もれ。

⑧ 貸付ルート相違。

⑨ 更地管理簿、歩積関係書類、条件管理表等の作成懈怠あるいは未整理。

⑩ 第三者名義預金を担保に取得するについての承認取得、住宅ローンの対象である建物の担保取得、住宅ローン債権証書未記入事項補充等の懈怠。

第三 証拠関係<省略>

理由

第一本案前の主張について

1  原告が本件降職命令により野洲支店貸付係長から同支店副係長(渉外担当)に降職され、その後、昭和五六年六月二六日付で愛知川支店店長代理(渉外担当)を命じられたことは、当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると、被告は、支店における職位として、支店長、次長、副長、店長代理、係長、副係長を設け、就業規則において、業務の都合により必要なときは担任事務の変更(すなわち職位の変換)を命じることがある旨を定めていることが認められる。そこで、右事実に前記当事者間に争いがない事実を合せ考えると、原告は本件降職命令の無効確認を求めているところ、その勝訴判決が確定すれば本件降職命令は無効であることに確定することになるのであるが、原告は本件降職命令の後店長代理という新たな職位に変換されており、本件降職命令が無効であることに確定したとしても、原告の現在の職位には何らの変更もなく、また、他に本件降職命令の無効を確定することが本件紛争の直接かつ抜本的な解決のために必要かつ適切であるといい得る事情を認めるに足りる証拠もないから、本件降職命令の無効確認を求める訴えの利益は原告が店長代理を命じられたことにより失われるに至つたものと解するのが相当である。

3  してみると、本件降職命令の無効確認を求める訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものであるから、却下を免れない。

第二慰藉料請求について

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件降職命令が労組法七条一号所定の不当労働行為にあたるかどうかについて検討する。

1  本件降職命令が不利益取扱いにあたるか否かについて

本件全証拠によるも、原告が本件降職命令によつて賃金その他の労働条件について実質的な不利益を被つたことはこれを認めることができず、かえつて、<証拠>を総合すると、被告は職位の制度のほかに資格制度(管理職、事務職、庶務職の各一ないし四級に区分されている)を設け、資格を基準にして昇給、賞与の査定を行つているところ、原告は本件降職命令も従前の資格(事務職四級)のままであつたこと、被告は職位に応じて管理職手当を支給しているが、原告の場合本件降職命令後も管理職手当に変動はないことが認められる。しかしながら、本件降職命令によつて原告の職位が降下したことは前認定のとおりであるところ、職位の変動は労働者にとつても重大な関心事であつて、これを下げられることは当該労働者の精神的動揺を招来するとともに、社会的評価の低下もあり得ることに鑑みると、このような職位が降下したのみで賃金その他の労働条件には何らの変更も認められない場合にも、労組法七条一号所定の「不利益な取扱」に該当するものと解するのが相当である。してみると、本件降職命令は不利益取扱いにあたるというべきである。

2  本件降職命令が原告の正当な組合活動のゆえになされたものであるか否かについて

(原告の組合活動およびこれに対する被告の嫌悪)

(一) 請求原因2の(一)の事実、および、同(二)のうち、被告が「ソフトボール得点競争」を実施したこと、従組員が労働条件の改善を求めて組合活動を行つてきたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二) <証拠>を総合すると、昭和四九年ころ、被告は、コンピューターによるオンラインシステムの採用を控えて預金量、預金口座数の増大を必要としたため、支店対抗で預金の獲得を競わせる「ソフトボール得点競争」を実施するなどして業務の推進を図つたが、従組は、これが従業員に対し早朝出勤および残業に対する時間外手当の不払い、指定休日および有給休暇の未消化等の不当な労働強化を招いているものとして、被告に対しその改善を要求したり、滋賀労働基準局長に対し職場調査を要請するなどしてこれに対応したこと、昭和五一年五月三一日、滋賀労働基準局長から被告に対し、始業時間前の各種業務に対する時間外手当の不払い、指定休日出勤者に対する賃金の不払い、有給休暇の消化状況が極めて低いことなどに対し改善策を講ずることを要する旨の申入れが行われたが、被告のこれに対する改善策は不充分であつたこと、原告は同年六月一九日従組に加入したが、従組は、これを同月一八日付の組合ニュースに掲載したほか、当時原告が勤務していた八幡駅前支店の支店長に対し、従組加入の事実を告げるとともに、以後差別扱いのないよう申し入れたこと、昭和五一年の春期闘争以降、従組は、右のような労働強化の解消を企図して組合活動を活発化させ、被告に対し要求を送付したり、団体交渉を要求してこれを実施させたりするとともに、ビラの配布や組合ニュースの発行によつて宣伝活動を行い、さらに、昭和五二年三月には貸付係長会議に出席した従組員の原告、長谷川吉男、米村精二が被告において前例のない時間外手当の請求を行い、同年四月、六月には、従組員全員が、プレートあるいは腕章の着用、定時のいつせい退行を行つたりしたほか、社長宅に抗議電報を打つたり、交渉のため社長宅を訪問したりしたこと、被告は、従組の右のような組合活動に対し、昭和五一年五月一〇日開催の渉外係長会議において社長が「月末繁忙時に支店の迷惑をかけて外部の力を借りて圧力をかけている者がいる。銀行は甘えに対して今後行き過ぎれば切り捨てていかねばならないという覚悟を持つている」旨を訓話したり、人事部長が支店長に対して、「長谷川富佐子転勤拒否事件について」と題する昭和五二年七月九日付文書をもつて「かりそめにも従組に味方する発言者があれば、要注意人物として当部宛即刻連絡すること」と、「従組より職員家庭宛攪乱文書送付に関し注意喚起の件」と題する同年八月四日付文書をもつて「部下職員に対し、……権利意識のみを前面に反体制の立場に固執して自己の生活基盤とする銀行を徒に誹謗することにのみ汲々としている従組の連中に激しい怒りをもち企業防衛意識の必要性を引続き強調されたい」とそれぞれ通知するなど嫌悪感を表明していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) そこで、右認定事実と前記当事者間に争いがない事実とをさらに総合して考えると、従組は労働条件の改善を目的とした正当な組合活動を行つていたが、それが活発化するに従い、被告はこれに注目し、原告を含めた従組員を嫌悪するようになつたものと認めるのが相当である。

(被告の主張する本件降職命令の理由)

(一) 本案の主張1について

(1) 原告が昭和五一年一二月一六日、同月二七日、昭和五二年三月一七日、同年五月二三日、同月二五日、同年六月七日、同月二五日にそれぞれ休暇を取得したことは当事者間に争いがない。

(2) 原告本人尋問の結果によると、原告は昭和五二年六月二五日の休暇取得に際して事務引継ぎを行わなかつたことが認められる。その余の被告主張の日については、<証拠>中に右主張に添う部分があるが、<証拠>によると、被告主張の事務引継ぎのない日は野洲支店長今岡信光が事務引継簿から記載のない日を拾つていつたものであるところ、当時事務引継ぎは口頭で行われることもあつたこと、長谷川富佐子申請(昭和五二年七月)にかかる転勤命令効力停止処分事件の審理に際し、被告は、たまたま事務引継簿に記載がなかつたことから、本件ではその主張から除外している昭和五一年九月二四日を事務引継ぎがなかつた日として主張していたことが認められ、右の各事実に照らすと、前記各証言部分はいずれもその正確性に疑問があつてたやすく措信できず、他に原告が昭和五二年六月二五日以外の被告主張の日に事務引継ぎを行わなかつたことを認めるに足りる証拠はない。

(二) 同2の主張について

証人今岡信光(第一回)、同大辻晴雄の各証言によると、原告が協同建設および久田について貸付手続を怠つたため、右の両者が被告に対して苦情を申し出たことが認められる。被告の右主張のうち橋に対する貸付懈怠については、右各証言の中にこれに添う部分があるが、<証拠>によると、前記仮処分事件の審理に際し、被告は、協同建設および久田に対する貸付懈怠については主張しておきながら、橋に対する貸付懈怠については何ら主張していなかつたことが認められ、また、証人今岡信光の証言(第一回)によると、橋に対する貸付は建物建築費用をその使途にするものであつたところ、右のような場合には建築建物に担保権を設定できる段階まで貸付金の三割を被告に留保しておく取扱いであつたことが認められるのに、同証人は被告主張の日に右担保権の設定ができたがどうかについては知らない旨を証言しており、これらの事実に照らすと、前記各証言部分はいずれもたやすく措信できず、他に原告が橋について貸付手続を懈怠したことを認めるに足りる証拠はない。

(三) 同3の主張について

(1) 証人大辻晴雄の証言の中には被告の右主張のうち①ないし⑤の各事務上のミスを指摘する部分があるが、<証拠>によると、右の各事務上のミスは前記仮処分事件の審理に際しては全く主張されていなかつた事実が認められ、しかも、本件の審理においてはこれが第一五回口頭弁論に至つて初めて同証人の証言に現れたことは訴訟上明らかであり、これらの事実に照らすと、仮に原告について右のような事務上のミスがあつたとしても、被告がこれらの事務上のミスを考慮して本件降職命令をなすに至つたものとは認め難いところである。

(2) 証人今岡信光の証言(第一回)によると、昭和五二年四月二二日、本店融資部が支店の実態調査を行い、野洲支店貸付係は、被告の右主張のうち⑥ないし⑨の各事務上のミスについて指摘を受けたこと、さらに、同年八月、本店検査部の検査により野洲支店貸付係は被告の右主張のうち⑩の事務上のミスについて指摘を受けたこと、同検査部による定期検査の結果、野洲支店貸付係における事務上のミスの指摘件数および評価(A、B、Cの上、Cの中、Cの下、D、Eの順にランク付される)は、昭和五一年二月において二一件、Cの上、昭和五二年八月において七二件、D、昭和五三年六月において二二件、Cの上であつたことが認められる。

(四) 以上によると、原告にはその貸付係長在任中職務懈怠もわずかではあるが見受けられ、また事務上のミスはかなりの件数にのぼる(被告が本件降職命令をなすにあたつて理由とした可能性のあるものに限つても)のであるが、一方、<証拠>を総合すると、原告が八幡駅前支店に渉外係長として勤務していた期間中の昭和五〇年一〇月から昭和五一年三月までの間、同支店は預金量その他において優秀店と評価されていたこと、貸付係員の職務懈怠による顧客からの苦情は野洲支店以外の各支店においても少なからず存したこと、原告は渉外の経験は豊富であるが、貸付の経験は乏しく、そのため、野洲支店貸付係長就任から約二か月間は同支店次長大辻晴雄が原告に付いて貸付事務を指導していたこと、野洲支店の貸付事務は漸増の傾向にあつたところ、同支店の貸付係の人員は、昭和五一年三月までは吉田係長のみ、同年四月からは同係長および岡田(昭和五〇年入行)、同年七月からは原告のみ(但し、同年四月入行の片岡が補助として貸出金の日報および元帳の作成を担当していた)、昭和五二年四月からは原告および片岡の二名、同年七月から河本係長および片岡の二名であつたことが認められ、これらの事実を合せ考えると、原告の職務懈怠は特に顕著であつたものとは認められないうえ、被告は貸付事務量の増大にもかかわらず貸付の経験に乏しい原告一名でこれを処理させる態勢を組んでいたものであつて、原告の事務上のミスが吉田や河本の貸付係長在任中に比して著しく多かつたとしても多少已むを得ない一面があり、しかも、原告の渉外係長としての手腕はある程度評価されていたことが窺われるのであるから、原告を係長不適格としてあえて副係長に降職する理由は乏しかつたものといわざるを得ない。

(他の従業員の異動状況)

<証拠>を総合すると、昭和五一年一月一日から昭和五四年一月一日までに係長から副係長に降職された者は原告のほか四名であるところ、うち三名は小規模店から本店営業部、京都支店、大阪支店にそれぞれ配属され、同一支店で係長から副係長に降職された者は原告のほか一名(非従組員)にすぎないこと、一方、昭和三八年度に入行した高校卒業の学歴を有する在行者一六名につき昭和五二年七月当時の職位をみると、副係長は原告と従組員の浦谷佳朋だけであつて、その他の者(いずれも職組員)ら本店課長代理あるいは係長の職位にあつたことが認められ、右の各事実によると、本件降職命令は被告の行う人事異動において例外的な措置であつたものということができる。

(結論)

以上を総合して判断すると、被告は例外的な措置としての本件降職命令をなすにつきその発令時それ相応の合理的な理由を有していなかつたものというべく、一方、当時被告が原告ら従組員の組合活動を嫌悪していたことは明らかであるから、被告が本訴提起後に至つて原告を係長職より上位の店長代理職に任じた事実を考慮しても、なお、本件降職命令は、その当時、被告が原告の正当な組合活動を嫌悪したことによりなされたものと認めるのが相当である。

3  してみると、本件降職命令は労組法七条一号所定の不当労働行為にあたるというべきである。

二次に、本件降職命令をなしたことが被告に不法行為責任を発生させるか否かについて検討する。

被告の行つた本件降職命令が労組法七条一号に反する違法な行為であることは前述のとおりであり、また、これが被告の故意によりなされたものであることは前認定の事実に照らして明らかである。そして、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件降職命令を受けたことにより、同期入行者より職位が低下したり、従前他店で渉外係長の経験があつたけれども、勤続一三年にもなるのに平行員と同じように外回りの仕事に従事することになつて嫌な思いをし、両親からも隣近所の人がどう思つているかを考えると非常につらいなどといわれて悔しい思いをするなど、精神的苦痛を被つたことが認められ、右の精神的苦痛を慰藉するものとしては五万円が相当である。してみると、被告は原告に対し不法行為責任に基づいて右損害を賠償する義務があるというべきである。

第三結論

よつて、本件降職命令の無効確認を求める訴えはこれを却下し、慰藉料請求は、慰藉料額五万円およびこれに対する不法行為の日(本件降職命令を発した日)の翌日である昭和五二年七月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立については相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。

(小北陽三 森弘 川久保政徳)

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